横綱大の里が1年ぶり6度目の優勝で9月の秋場所が幕を閉じました。最初のうちは、バタバタする良くない相撲と良い相撲が混在していたけれど、日を追うごとに良くなっていきましたね。 13日目の大関霧島戦、14日目の大関琴櫻戦と連敗し、どうなることかと思いましたが、負けはしても前に出ようとする姿勢が見えていて、千秋楽の大関安青錦戦での勝ちに繋がったと思います。序盤戦は引いたり跳んだりの相撲内容についていろい ...
「張本勲にその気はあった」。天才はなぜ、プロ野球監督にならなかったのか。【全4回の4回目】 張本勲にその気はあった。だから、現役晩年にベンチで総監督のように振る舞ったのだろうし、引退会見で「サイドから野球を見てみたい」と語ったと思われる。
9月9日に86歳で死去した張本勲さん。日本プロ野球唯一の「3000安打」達成者は、なぜ監督にならなかったのか。謎に迫る。【全4回の3回目】 1981年秋、張本勲“監督”誕生の予感がスポーツ紙を賑わせていた。 3000安打の大打者はどんなチームを作るのか――。ファンは期待に胸を膨らませた。 実は、張本は指導者として、チームを立て直した実績を持っていた。 パ・リーグの前後期制が始まった73年、前期5位 ...
「コラッ!ブチ!お前ら野球できんようにさすぞ」田淵や山崎は「張さん、謝るんでもう勘弁してください」と平身低頭になり、乱闘は終結した。「任侠映画みたいでしたね。どちらかというと、ぶつけたロッテが悪いのに、最後は西武が謝っていた(笑)」 ...
張本勲とは何者だったのか。同氏の現役時代「最後の1年」を知る愛甲猛(元ロッテ)の言葉や、当時の資料から、張本の素顔に迫る。【全4回の2回目】 それでも、闘争心は失っていなかった。燃える魂は、味方の山内一弘監督にさえ向けられた。 監督を批判、18歳相手に笑顔 1981年5月24日、日本ハムとの首位攻防戦。後楽園球場は開始から小雨がパラつき、徐々に雨足は強くなった。試合成立寸前の5回裏、ロッテは逆転を ...
似ているものと本物の最大の差は「精度」だと言う。 「ストラックアウトってゲームあるじゃないですか?あれを変化球でやる人はいません。ストレートです。一番コントロールがつきやすいからです。そして一番たくさん投げる。だからこそ一番練習しなきゃいけないんです ...
その爽やかな容姿と苦難とは、あまり結びつかない。しかし実際には、現役生活の19年間は常に悩み、もがいた日々だったと言ってもいい。首のヘルニア、腹筋の肉離れ、指の骨折……。右肘痛にも悩み、膝の痛みとも向き合った。
10月1日に行なわれたキリンカップ、日本vsエクアドルは0−0で前後半90分を終え、PK戦の末に5−4で日本が勝利した。
WBCバンタム級王者・井上拓真(大橋)と1位挑戦者・那須川天心(帝拳)のリマッチは7ラウンドを迎えていた。開始15秒、のっけから両者のパンチが交錯するなか、井上がほほ笑んだように見えた。その刹那、那須川の伸びる左ストレートがドンピシャにアゴを ...
WBC世界バンタム級王者・井上拓真(大橋)と1位挑戦者・那須川天心(帝拳)による10カ月ぶりのリマッチ。WOWOW「エキサイトマッチ」の解説を務めるなど海外のボクシングにも精通する元WBA世界スーパーフライ級王者、飯田覚士氏は「両者とも技術的 ...
今年1年、世間を騒がせた「ゾンビたばこ」騒動の大きな区切りを迎えた。10月1日午前10時30分から、広島球団が「戦力外通告」をする──。前夜、広島担当メディアは幹事社からのリリースによって、その予定を知らされた。当日、予定時刻よりも1時間前か ...
投手・藤浪に高評価も…指摘していた“ある懸念” 「大谷はバッターなんよ、プロのレベルでいったらね。ピッチャーとしても、そりゃあ10勝ぐらいはすると思うけど、野球の歴史に残るとしたら、絶対バッター。大谷は、打てないインコースを打とうとしない。その代わり ...