その爽やかな容姿と苦難とは、あまり結びつかない。しかし実際には、現役生活の19年間は常に悩み、もがいた日々だったと言ってもいい。首のヘルニア、腹筋の肉離れ、指の骨折……。右肘痛にも悩み、膝の痛みとも向き合った。
横綱大の里が1年ぶり6度目の優勝で9月の秋場所が幕を閉じました。最初のうちは、バタバタする良くない相撲と良い相撲が混在していたけれど、日を追うごとに良くなっていきましたね。 13日目の大関霧島戦、14日目の大関琴櫻戦と連敗し、どうなることかと思いましたが、負けはしても前に出ようとする姿勢が見えていて、千秋楽の大関安青錦戦での勝ちに繋がったと思います。序盤戦は引いたり跳んだりの相撲内容についていろい ...
Number SPORTS OF THE YEAR 2026 開催決定! 2026年を代表するアスリートを表彰 スポーツの現場で撮影する機会のある写真家、その写真家が撮る一瞬のシーンにスポットをあてるコンテストを開催します。作品受付中!
9月9日に86歳で死去した張本勲さん。日本プロ野球唯一の「3000安打」達成者は、なぜ監督にならなかったのか。謎に迫る。【全4回の3回目】 1981年秋、張本勲“監督”誕生の予感がスポーツ紙を賑わせていた。 3000安打の大打者はどんなチームを作るのか――。ファンは期待に胸を膨らませた。 実は、張本は指導者として、チームを立て直した実績を持っていた。 パ・リーグの前後期制が始まった73年、前期5位 ...
山内は寛大だった。 8月の先発出場は3試合のみ。もはや、稀代の大打者は戦力とは言い難かった。だが、ファンは張本を見たかった。たまに代打で出ると、大歓声で迎えられた。
「コラッ!ブチ!お前ら野球できんようにさすぞ」田淵や山崎は「張さん、謝るんでもう勘弁してください」と平身低頭になり、乱闘は終結した。「任侠映画みたいでしたね。どちらかというと、ぶつけたロッテが悪いのに、最後は西武が謝っていた(笑)」 ...
似ているものと本物の最大の差は「精度」だと言う。 「ストラックアウトってゲームあるじゃないですか?あれを変化球でやる人はいません。ストレートです。一番コントロールがつきやすいからです。そして一番たくさん投げる。だからこそ一番練習しなきゃいけないんです ...
「張本勲にその気はあった」。天才はなぜ、プロ野球監督にならなかったのか。【全4回の4回目】 張本勲にその気はあった。だから、現役晩年にベンチで総監督のように振る舞ったのだろうし、引退会見で「サイドから野球を見てみたい」と語ったと思われる。
正直なところ、自分の後に続く外国人選手はもう二度と現れないのではないかという気もする。 アレックス・ラミレス(プロ野球) ...
王者・井上拓真が那須川天心を退けた一戦。元世界スーパーフェザー級王者の伊藤雅雪は、10カ月ぶりの再戦をどう見たのか。『トレジャーボクシングプロモーション』の代表でプロモーターの顔を持つ35歳が、独自の視点で語ってくれた。〈全2回の1回目〉 ...
今年1年、世間を騒がせた「ゾンビたばこ」騒動の大きな区切りを迎えた。10月1日午前10時30分から、広島球団が「戦力外通告」をする──。前夜、広島担当メディアは幹事社からのリリースによって、その予定を知らされた。当日、予定時刻よりも1時間前か ...